映画「ALWAYS 三丁目の夕日」

いよいよ明日からですね。ぜひ見てみたい。
あの頃に戻れるかもしれないなあ‥‥

舞台は昭和33年の東京ですが、私も札幌で生活をしてました。
街にはミゼットという三輪車の車が走っていて、子供達の間ではフラフープという新しい遊びも流行ってました。ダッコチャン人形もその頃だったかな〜(^^)

今や独身者の小さなお部屋でさえ当たり前のように、お風呂、テレビ、電話があって自家用車まで持っている。冷蔵庫?洗濯機?とんでもありません、見たことすらありませんでした(^^; あの頃の札幌は不景気のどん底だったらしい。庶民の生活は貧しく、着るものだってお下がりか、仕立て直しばかり。

でも楽しかったなあ。物がないから、何でも創意工夫が当たり前、遊びもオリジナルが多かったと思う。一番人口の多い、いわゆる団塊の世代(私はそのちょっと前です^^;)の人たちの子供の頃なわけですから、そりゃあもうそこらじゅう子供だらけって感じで溢れてました。

その頃の小学校のクラスは平均1クラス50人前後、1学年10クラス以上あったりするんですから大変です。何をするんでも競争です。家でも兄妹同士で競争、学校でも競争、食事なんか好き嫌い言ってたら次は無い、とりあえず食べとこってね。もう生き延びるのに必死って感じですね(笑)

そんな時代の中で、雑草のごとく育って来た私は今とても元気です。精神的にも肉体的にも子供の頃の雑草生活が強く支えてくれてるんじゃないかなって思います。あの頃のお友達、みんな元気に生きてるかなあ。

ドリンクスーパーやコンビニのない時代のお買い物はというと、近くの市場か雑貨屋さん。当時のお気に入りの飲み物はカツゲンガラナ。いずれも道産子には馴染みの深い飲み物だと思います。ヤクルトより早かったカツゲン(当時はこんな可愛い小さいビンで毎日配達されたんですよ)。コーラより人気があった美味しいガラナ(函館生まれのコアップガラナと小樽北海屋のガラナエール)。

あ、そうそう。インスタントラーメン(日清食品「チキン・ラーメン」)をはじめて見たのも食べたのもその頃。フタ付きの丼に入れ、お湯をかけて作るんだけど美味しくなかったなあ(^^;

ところで、映画の中に東京タワーが出て来ますけど、札幌の大通公園のシンボルにもなっているテレビ塔は前の年の昭和32年に完成したということですからこっちの方が先輩ってことですよね。札幌テレビ塔もお忘れなく(#^.^#)♭

ビッグコミックオリジナルで連載してる西岸良平さんの「 三丁目の夕日」もよく読んでます。

ビッグコミックオリジナル オフィシャルホームページ

映画「ALWAYS 三丁目の夕日」
写真館/昭和30年頃の札幌


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